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『マリにゃん散歩』

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マリにゃんとマリンタウンスタッフが見つけた、伊豆・伊東のおすすめ情報や、伊東マリンタウンの見所をご紹介。

スポット

三浦按針探訪記

2020/08/28

じーにゃん:マリにゃんおはようだじ~ !(^^)!
マリにゃん:おはようだニャン!  
      じーにゃん、「三浦按針(みうらあんじん)」って、ダレだニャン! 
じーにゃん:「三浦按針」を知らないのかだじ~?
        みうらの「アジ」じゃないんだじ~よ!
      「三浦按針」って伊東の按針祭でイベントやっている人なんだじ~よ!!       
マリにゃん:按針祭なら知っているんだニャン!
      いつもたくさんの花火があがる日だニャン!
じーにゃん:そうそう、花火大会の人なんだじ~よ!!ってそれだけじゃないんだじ~よ!
      「三浦按針」は、実はイギリスの人だったって知ってるかだじ~?
      じーにゃんが、先日、伊東市役所に行ったら、にこんな感じだったんだじ~よ ( `ー´)ノ 

マリにゃん:ワー!! 船が家の中にいるのかニャン?
じーにゃん:そうなんだじ~よ!
      今、市役所で「按針会」さんという人たちがちょっとした特集をやっているんだじ~よ!(^^)!
         ところで、ここでまた、じーにゃんのうんちく!!! (ちょっと違っていても許してくださいだじ~)
      「三浦按針」はもともとイングランド南部の町イギリスの「ジリンガム」という町で1564年に生まれたんだじ~よ
       12歳ごろには船大工の修行を始めたんだけど、船を作るより、航海に興味があったんだじ~よ!
      その後海軍に入った後に、1598年6月に極東(アジア方面)を目指してロッテルダムと言う港から5隻の船で出航
      したんだじ~よ!
       三浦按針は「リーフデ号」という船に乗って出航して
      そのあとの航海は大変だったそうで、後悔(ウヘへへ)したらしいんだじ~よ (>_<)
      そして、日本に着いたのが1600年の4月、豊後臼杵(現在の臼杵市)のあたりに到着したんだじ~よ!
      だけどその時には、出発時に110人だった船員が24人までになって、外の船4隻も沈んだりしたらしいんだじ~よ!
      「三浦按針」ことウィリアム・アダムスはイギリスに帰りたいと言ったらしいんだけど、家康さんに気に入られて
      ここからが「伊東」との縁なんだじ~が、伊東の松川の河口で日本で初めて造船ドッグを作たんだじ~よ!
      その造船所で作った80tの船が、後に「サン・ベナ・ヴェンツーラ」という名前を貰って、その船はメキシコまで
      行っただじ~よ!
      このことでさらに家康さんに気に入られて、日本にいてほしい家康さんから250石取りの旗本さんにして貰って、
      刀をさすことも許され、相模地の逸見に土地も貰ったんだじ~よ!
      こうして「三浦按針」って名前を貰ったんだじ~よ!
      ”按針”の名は、彼の職業である水先案内人の意味で、姓の”三浦”は領地のある三浦郡に因んでいるんだって。
  


     アダムスさんは、こんな感じだったんかな~
     このブロンズ像は、伊東市の彫刻家「重岡建治」さんの作品で、身近で見れるんだじ~よ
     ほかにも、顔出しパネルや、秘密の資料が飾られてるらしいんだじ~よ(^O^)/      


      この際、市役所に行って確認してきてくださいだじ~よ!(^^)!
     
   ☆ 因みにうんちくをもう一つ!
      東京の八重洲の名前の由来を知っているかだじ~?
     なななんと!!八重洲の由来は、このアダムスさんと関係の深い「ヤン=ヨーステン」さんが
     千代田区に住んでいたということからなしんですよ~
     「ヤン=ヨーステン」が訛った日本名「耶楊子」(やようす)と呼ばれるようになり、
     これがのちに「八代洲」(やよす)となり、「八重洲」(やえす)になったらしいんだじ~よ!!




   毎度うんちくばかりですいません ペコリ!
   2020/08/26 マリンタウンの変なおじさんこと「J」でした。

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